(最新更新日2010年10月29日)
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書評や紹介などは以下のとおりです。
(新聞)
- 日本経済新聞・「読書」欄、2010年4月14日/「年金、子ども手当は経済学的にも大きな関心事のはずだが、これまで第一線の研究者が正面から論じた本はほとんどなかった。宙に浮いた年金記録は決して日本に特殊な問題とはいえないという記述をはじめ、本書の内容について、霞が関に甘く、現状肯定的にすぎるといった批判はあるかもしれない。しかし、そういう見方があることを著者はあらかじめ十分わかっていたのではないか。それでも、敢えておもねらない著者の姿勢こそ、本書の価値の高さを証明しているといえよう」
(雑誌)
- 「『基礎年金を税方式化すると企業部門の年金負担が減るのか』、『日本の年金水準は下げていくはずであるにもかかわらず、デフレ下で逆に上昇し続けている』、『子ども手当の導入で利益が多いのは、共稼ぎ世帯よりも専業主婦世帯である』など、鋭い問題提起や事実認識の指摘に富む」(『証券アナリストジャーナル』2010年5月号)
- 「年金を長く研究してきた著者が、近年、年金について考えていることが網羅されている。特筆されるのは、あまり研究の対象になっていないと思われる『年金の管理運営』について、年金記録問題を入り口に、世界的な年金管理運営の趨勢をつかんで、今後の方向性をも示している点である。著者は、年金記録問題が起こった当初から、制度を揺るがす問題ととらえる。はしがきに、『年金制度の存立基盤を大きく揺がしている年金記録問題をどう考え、その克服に向け、どういう知見を提供することができるのか、過去3年間、私をとらえて離さなかったのは、まさにこの問いである』とあり、こうしたフットワークが持ち味でもあるが、宙に浮いた年金記録はアメリカで2.5億件、イギリスで1.2億件もあるなど、驚くような情報も網羅されている。保険料の徴収については、『税務当局による税金と社会保険料の一体徴収は今、世界の流れである』とし、第2章ではアメリカ、イギリス、スウェーデンやフランスなどの年金の記録問題や管理運営体制を紹介する。ここの部分が知りたかったことで、分かりやすく諸外国の年金管理運営の最新状況が整理されている。こうした世界的な趨勢のなかで、日本での年金管理運営はどうしたらいいのか、具体的方向性を示す。同書には、年金記録問題だけでなく、『年金の2009年財政検証に寄せて』と題する章もある。財政検証では、『2004年の財政再計算では予想していなかったことが1つだけ生じている。それは、この5年間でモデル年金の水準が上昇してしまったことである』と、今のスライドの在り方に問題を投げかけ、『年金スライドの仕組みも再検討する必要性が大きい』としている」(『週刊 年金実務』2010年5月24日号)
- 「年金記録問題に対する研究上の到達点」
「昨今の年金問題では、制度よりも業務が焦点になっている。本書でも、過去3年間、著者をとらえて離さなかったという年金記録問題に、特に力が込められている。『実務に精通していないと的確に発言することができない』難しい課題への取組みに敬服する。著者によれば、記録問題はわが国だけの問題ではない。諸外国にも膨大な不明記録があり、税・社会保険料を一体徴収している国々にも共通する問題だそうだ。万能策はなく、『間違いが必ず起こることを最初から予定し、間違いをできるだけ早く発見して直ちにその確認と修正を本人や事業主に求めることである』という。至言である。課題は、これまでの制度に偏った年金政策を反省し、業務の点検・改善と両輪で政策を推進することだろう。年金制度改革については、争点になっている基礎年金の税方式化と最低保障年金化が主なテーマ。企業負担を減らさない形での税方式化、移行期間の短縮化の提案は注目されよう。そのほか、デフレ経済に対応した年金制度の見直しが新たな課題であること、民主党の改革案についての吟味すべき課題などが論じられている。最終章の子ども手当に関するマイクロシミュレーション結果も興味深い。著者は今年の3月に一橋大学の定年を迎えられた。まだまだご発言していただかなければならないが、ひとまずお疲れさまとお申し上げたい」(山崎泰彦氏 『月刊 年金時代』2010年6月号)
- 「国民の年金制度に対する不信、不安、怒りがピークに達しているが、持続可能で信頼のおける年金制度の構築はいかにして可能か。本書は、長年の研究に基づき制度の在り方を提示するとともに、ホットイシューである年金記録問題や子ども手当にも言及。英米にも億件単位の年金記録漏れがあったというのは驚きである」(『JILPT労働図書館』「今月の10冊コーナー」2010年6月2日)
- 「本書は、年金研究の専門家である著者が、年金記録問題や年金制度のあり方、さらには子ども手当について経済学的に分析している。年金は高齢者の日々の暮らしを支え、経済に与える影響も大きい。しかし、年金制度そのものに対する不信が高まっているのに加え、2007年には約5千万件に上る未統合記録が発覚した。本書は、この年金記録問題をどう考え、その克服に向け、どういう知見を提供できるのかという問いに対する、現時点での著者の到達点である。2009年に誕生した民主党政権は、年金制度の一元化、最低保障年金と所得比例年金の創設を打ち出している。また、子ども手当が創設され、支給も始まっている。これらの改革については、その金額や財源をめぐって議論の渦中にある。年金記録問題に加え、これらの問題を経済学的に検証している本書は、時宜に適ったものである。5章から構成されている。第1章では日本、第2章では外国における年金記録問題を論じている。宙に浮いた年金記録は米国で2.5億件、英国で1.2億件もあり、日本においても今も起きており、将来についてもゼロにはできないであろう。年金記録の間違いが必ず起こることを最初から予定し、情報公開を徹底するとともに、本人や事業主に協力を求めることの重要性を論述している。第3章では基礎年金、第4章では2009年の年金財政検証を考察し、年金制度のあり方そのものを検討している。基礎年金を社会保険方式から税方式に切りかえることで、世代間でより格差の少ない年金負担増を実現することができるという試算は、非常に興味深い。民主党が提唱する最低保障年金については、消費税負担を基礎年金への拠出とみなすことで、基礎年金の一部を最低保障年金に直ちに切りかえることが可能となり、移行期間も著しく短縮できるという。また、消費税負担を通じて無年金者も20年以上にわたって基礎年金財源を拠出してきたにもかかわらず、基礎年金を受給できないのは不合理であるという指摘も見逃せない。第5章では、子ども手当の導入によって所得や負担が世帯単位でどのように変化するのかを明らかにしている。なかでも、子ども手当によって、共働き世帯よりも専業主婦世帯が享受するメリットが大きいという推計には驚かされる。ただし、子ども手当が現在のように半額の場合には、共働き世帯の方が有利になる。子ども手当が、子育てに要する負担の一部を子どものいない世帯へと転嫁するため、子育ての社会的な性格を強めることにも触れている。年金や子ども手当をめぐる議論は感情論に左右されやすく、極論にもつながりやすい。事実に基づき、計量的に分析する本書の意義は大きい」(『週刊 社会保障』2010年6月28日号)
- 「有益なデータ分析が多い 社会保障全体への視線もあれば…」
「年金記録問題は、年金制度に対する国民の不信を増大させ、民主党が政権交代を実現した一つのきっかけともなった。年金の専門家である著者は、年金記録問題を単なる旧社会保険庁の不祥事として糾弾するのではなく、年金制度に内在する構造的な問題としてとらえ、その克服に向けて、着実に研究してきた。本書は、その成果を詳細に紹介している。宙に浮いた年金記録は外国にも存在する。記録ミスは人為的ミスであるから、根絶するのは無理であり、また、制度上完璧なものも存在しない。わが国の旧社会保険庁が特に非効率で能力のない人材ばかりの役所だったからではないという指摘は、重要である。厚生年金の業務執行体制は企業の協力を前提としているが、雇用形態が流動化するなかで、中小企業では事務的負担が大きい。大企業の性善説を前提に制度設計されてきた年金制度自体に問題がある。ただし、基礎年金を税方式に改革すると、年金記録問題が克服されるという考え方にも疑問が多いことを指摘している。さらに、民主党の所得比例年金案について実務上の問題点を指摘している。2004年改正で年金給付水準は徐々に引き下げることが想定されていたが、実際にはデフレが進行しているため、実質的な給付水準は上昇している。デフレ下のスライド規定を見直さないと、年金制度の財政基盤は将来不安定になる。本書のこうした指摘は、詳細なデータに基づいており、説得力がある。最後に、第5章で世帯別に子ども手当の影響を分析している。子ども手当によって大きな利益を得るのが、児童手当の恩恵を享受してこなかった専業主婦世帯であることなどが指摘されている。本書は、著者が中心となって研究してきた世代間問題研究プロジェクトの研究成果の一つである。したがって、アカデミックな論文集という色彩も強い。この問題に関心のある専門家、政策担当者に有益なデータ分析が紹介されており、貴重な貢献である。ただし、年金も子ども手当も、広く国民全体に関心のあるテーマだけに、より啓蒙的な視点で政策論を展開する章がないのが残念である。特に、高齢者への給付である年金と、子育て世帯を支援する子ども手当の両方を一つの本で取り上げる以上、両者の政策のバランスをどう取るべきか、世代間公平の視点で見て、どの程度の年金給付や子ども手当の金額が妥当なのか、社会保障給付の全体像により踏み込んだ議論を期待したい」(井堀利宏氏・東京大学大学院教授『エコノミスト』2010年7月6日号)
- 「長年日本の年金制度を研究してきた著者が年金記録問題を取り上げ、なぜ記録漏れや給付漏れが発生したのかといった検証から、制度の管理運営組織をどのように変えていく必要があるのかについて、外国にも存在する年金記録問題も交えながら検討する。されに基礎年金に税方式を採用した場合の試算も盛り込んだほか、年金スライドのあり方、年金給付水準の示し方など今後の主要な課題を整理し議論していく。また導入されたばかりの子ども手当についても、その推計結果から問題点を指摘している。どちらも国民の生活に密着する制度だけに、広く議論をしていくために読んでおきたい一冊だ」(『Journal of Financial Planning』2010年7月号)
- 「本書は、伝統ある一橋大学経済研究叢書のシリーズとして刊行された。その内容は、『はしがき』にあるとおり、2000年度に始められ今も継続している世代間問題研究プロジェクトの成果の一部を整理して収録したものである。全体は次の5章で構成される。すなわち、第1章日本における年金記録問題、第2章 諸外国における年金記録問題と税・社会保険料の一体徴収、第3章 基礎年金の見直し、第4章 年金の2009年財政検証に寄せて、第5章 子ども手当の導入効果、である。どの章も社会保障制度における重要かつ関心の高い、最新のテーマとして時宜を得たもので、かつそれぞれが克明な調査研究と深い洞察に支えられており、示唆されるところ大である。第1章の年金記録問題は、その根の深いことが国民の前に明らかとなり、すでに日本年金機構へと体制の刷新が断行された。対応の現況をみると、未統合記録5,095万件のうち、基礎年金番号に統合済みとその他一定の解明がなされた記録の合計が、平成19年12月の1,550万件から平成22年3月時点では2,982万件まで進んできている。『記録漏れ・給付漏れの原因』もさることながら『年金記録改ざんの深層』(さらに『事業主性善説とその問題点』)には深く考えさせられる。第2章で丁寧に調べられた諸外国(米国、英国、オーストラリア等)における相当数の年金記録問題も考え合わせると、この問題は事務当局の懈怠が主因であろうとはいえ、一部の事業主も絡む複層的なもののようで、社会保険制度等とは、元来そうした錯綜する現実を前提に運営されてきたのかもしれない。この問題に対する高山教授が示す対応のうち、『年金記録改ざんを未然に防ぐためには、日本年金機構と加入者が双方向で記録を直接確認しあう体制を築く必要がある』とした点が鍵であろうし、『国民年金保険料は国民健康保険との一括徴収を検討したらどうか』との提案がより現実的と思われ、いずれも有力な提案ではなかろうか。『第3章 基礎年金の見直し』では、『税方式と社会保険方式の双方の「いいとこどり」を意図した』、基礎年金給付の『半分ずつを保険料拠出分と消費税拠出分と見なす』方式が提案されている。これについては、なぜ全額税方式ではないのか、税方式を半分とする根拠はなにか、との指摘が既にある。しかし、高山教授案は、両方式とも『長所と短所』がある中から絞り出された『いいとこどり』案であって、単純な全額税方式案ではないのである。最終章の『子ども手当の導入効果』は本書の1つのハイライトであろう。本章のテーマは、民主党が進める子ども手当、高校授業料の実質無料化、その代わりとしての児童手当廃止、扶養・配偶者・配偶者特別の3控除廃止等の効果を、全国ベースのマイクロシミュレーション結果で示し、さらにその世帯類型への影響を探った上で示唆を得ることにある。シミュレーション結果は、子ども手当の給付総額が年間5兆4,800億円、3控除廃止で1兆5,700億円の負担増となり、その他項目を増減したあとの年間不足財源額は4兆100億円と見込まれた。世帯類型への影響では、全国約5,000万世帯のうち、所得が純増する世帯が38%、所得増減なし世帯が43%、負担純増世帯が19%との試算結果になった。高校卒業前の子どものいる世帯はほぼ所得純増となるが、その他多くの興味深い結果が定量的試算から出されており、是非一読をお薦めしたい。高山教授は『残された課題』のなかで、『子育てに要する負担の一部が「子どものいる世帯」から「子どものいない世帯」へ実質的に転嫁される』が、いずれ『他人が生み育ててくれた子どもの世話になる』ことから、負担純増世帯に理解してもらうことが必要とする。しかし、『そのための財源不足を仮に国債発行で賄うとすれば、…負担を最終的に子どもに押しつけ…賢明ではないだろう』としている。実に同感といわざるを得ない。第5章で示されたシミュレーション結果をみると、また巷間いわれる子ども手当の相当部分が貯蓄へ回る可能性をも考慮すると、子育て世帯への支援策としてはどのような政策ミックスが最適か、国民の前で十分な検討の行われることが期待される」(千保喜久夫氏・年金シニアプラン総合研究機構研究主幹『年金と経済』2010年7月号)
- 「本書は、『年金研究を専門としてきた者として、年金制度の存立基盤を大きく揺がしている年金記録問題をどう考え、その克服に向け、どういう知見を提供することができるのか』(はしがき)という年金制度に対する著者の強い危機意識に裏付けられた書である。同時に、現実の政策を素材とした政策志向的内容となっており、年金研究者や政策立案に関わる者だけでなく、年金に関心のある者すべてにとって必読の書と言えよう。本書は、全体で5章の構成となっており、1章と2章以外はそれぞれ独立した内容となっているので、内容ごとに、その要点とそれに対する若干の管見を述べることとしたい。第1章『日本における年金記録問題』の第3節までは、年金記録問題が、社会保険庁の杜撰な記録管理だけでなく、関係者のミスなどのヒューマンエラー、エラー修正装置の不全など様々な要因によって引き起こされたことを述べ、これに対する政府の対応を記述している。次に、第4節では、『年金記録改ざんの深層』と題して、政治的圧力によって厚生年金を5人未満の零細企業にも強制適用にしたことにより、記録改ざんの構造的要因が形成されたことを指摘している。その上で、厚生年金の業務執行体制は、事業主が適正に届出をし、保険料を納付するはずであるという事業主性善説を前提に、大企業を想定したものとなっているとして、中小零細企業の実態に合わせるために、厚生年金・医療保険の保険料と税金を一括して税務署が徴収する方法を提案している。第5節では、年金記録ミスは今も起きており、将来もゼロにはできないので、中長期的対応として、間違いを前提にしたバックアップ体制の構築こそが重要であるとする。さらに、本人の現住所情報を常にフォローアップし、それを全行政機関等が共有する体制を構築し、申請主義を180度転換した情報提供型行政への転換と電子政府の実現を主張する。続く第2章『諸外国における年金記録問題と税・社会保険料の一体徴収』では、第1節で、米国、英国、オーストラリア等における年金記録問題を調査し、米国では2億4,600万件、英国では1億1,600万件など、国によってはわが国以上の年金記録問題が発生していることを明らかにしている。さらに第2節では、スウェーデン、アメリカ、フランス等について社会保障番号制度と税・社会保険料の一体徴収の実態を調査した結果を記している。以上のように、第1章及び第2章では、これまで批判のための批判という観点から論じられることの多かった年金記録問題について、諸外国の状況を含め、客観的かつ公平に、しかも簡潔にその全体像が記述されており、年金記録問題を考える上での基本書と言える内容である。特に、年金記録問題の構造的要因を解明した第4節は、年金制度の歴史的経緯を熟知している著者でなければ書けないくだりであり、また、第2章の諸外国の年金記録問題等の状況は、余人をもってはなしえない業績である。ただ、著者の主張する情報提供型社会を実現するためには、国家と個人の関係について、どのようなあり方が望ましいのかという根本的な問いに解答を出さなければならない。行政の事務執行の効率性、正確性を重視すれば情報提供型行政への転換が望ましいことになるが、民間の金融取引の際にも社会保障カード識別機能を記入するような国家管理社会が本当に望ましい社会なのかどうか、議論が分かれるところである。年金制度だけでなく、国の統治機構のあり方などを含めた総合的な議論が必要となろう。第3章『基礎年金の見直し−税方式化と最低保障年金をめぐって−』では、基礎年金を税方式化した場合の試算を行った上で、著者独自の提案を行っている。その第一は、基礎年金の財源を年金目的消費税に切りかえる場合に事業主負担が軽減されるという問題に対し、1階の基礎年金部分は全額被用者本人負担とし、2階の報酬比例部分について事業主分を引き上げ(事業主7.5%、本人3.0%)、全体として労使折半にすればよいという提案である。第二は、民主党のマニフェストにある最低保障年金への切りかえ問題に対する現実的な対応策として、1989年から導入されている消費税の過去の税負担を基礎年金への拠出とみなせば、無年金者や低額年金受給者に対してプラスアルファの基礎年金を直ちに支給することが可能となるという提案である。第一の提案は卓見であり、現実の政策においても有力な選択肢となるであろう。これに対して、第二の提案については、著者も認めているとおり、月額2.2万円強で最低保障年金に値するのかという問題のほか、最低保障年金への移行期間を40年と考えるという議論の前提が、果たして民主党のそれと同じなのかという疑問が残る(少なくとも、民主党のマニフェストには、そのような記述はない。)。なお、基礎年金を税方式化した場合の試算では、消費税率の引上げによる物価上昇分は、翌年の年金の物価スライドには反映させないという前提に立っているようだが、その前提自体が政治問題となりうるテーマである(過去の消費税導入ないし税率引上げの際には、それによる物価上昇分も物価スライドに反映されている。)。第4章『年金の2009年財政検証に寄せて』では、持続的な賃金デフレの下では、モデル年金の水準が上昇するという不合理を指摘した上で、年金スライドの再検討を主張している。さらに、自民党と民主党の年金改革案を紹介した上で、超党派の年金改革円卓会議(仮称)の設置を提案しているが、けだし正論である。第5章では年金問題を離れ、『子ども手当の導入効果』と題して、民主党のマニフェストの目玉とも言うべき子ども手当に関する考察を行っている。子ども手当の創設、児童手当の廃止、扶養控除等の3控除の廃止及び老年者控除の復活等が、全体としてどのような影響を及ぼすかなどについて、世帯類型別・収入別等に詳細な試算を示している。マニフェストという政権公約で突然登場しただけに、説明不足の感が否めず、さらに、先の参院選の結果、その先行きが不透明になっている子ども手当を考えるための基本となる試算である」(江口隆裕氏・筑波大学大学院ビジネス科学研究科長『季刊 個人金融』2010年8月号)
- 「今日、識者やメディアが日本の世相に言及するとき、明るい論調で語られているケースは残念ながら多くないのが実情である。実際、今の日本においては雇用等、将来に対する不安をかき立てる要素に事欠かない。未来に期待を持てない状況下で、進んで己が子どもを生み育てようとする者は少ないであろう。日本で少子化が進行するのも、むべなるかなと言ったところである。そんな中で従来、その維持に危機感を持たれていたのが公的年金制度である。大半の国民にとり引退後・老後の生活設計の柱となるべき年金への不安は、将来に対する憂いをより深いものとするに十分であろう。さらに、追い討ちをかけるがごとく2007年に年金記録漏れ、2008年には年金紀録改竄の存在が明らかとなり、年金制度維持のために不可欠な、国民の制度への信用は地に堕ちてしまった感がある。本書が執筆された動機の一つに、この信用を回復させるべく、年金記録問題と年金制度そのものに対する正碓な知識を提供し、より健全な制度運営を実現させるための冷静な議論を世に喚起するというものがあることが、はしがきなどからもうかがえる。
本書は、家計の資産形成に関する研究の第一人者であり、わが国が誇る碩学の一人である著者が、自身の年金研究における「現時点の研究上の到達点」を記したものであり、5つの章から構成されている。
第1章、第2章は、感情的な犯人探しに終始しがちだった年金記録問題について、正確な情報を提供してくれる知織の章である。第1章では、一時期マスコミを占拠した感のある年金記録問題について、記録・給付漏れ、さらには根探い問題と思われる記録改竄の背景を探り、非現実的な想定や中小零細企業と厚生年金の関係など、その構造上の欠陥とも言える諸々の点を明らかにした上で、それらの改善・解消が今後の年金制度の管理運営に必須であることを主張している。そして第2章では、このような年金記録に関する問題が必ずしも日本特有の問題ではなく、米・英・豪・加など諸外国でも発生していることを明らかにし、またそれらの問題に対応するために諸外国では、日本では毛嫌いされてきた国民総背番号制や、社会保障番号、税金・社会保険料の一括徴収等の活用の実際について言及している。
第3章、第4章では年金制度の在り方について議論が展開される。第3章は、日本の年金制度の礎石部分と言える基礎年金の章であり、2008年ごろに議論が高まった基礎年金財源の社会保険方式から税方式への切り替えに関して、社会保険方式・税方式の長所と短所を明らかにした上で、切り替えに伴う国民負担を計量分析で試算している。その試算で、@切り替え後、直ちに発生する即時負担は、必ずしも一般に言われているように企業負担減・家計負担増になるとは限らない、A長期的な生涯負担は、少子高齢化を考慮すれば全世代で純増となる、ということが明らかになった(なお負担純増分の世代間格差は税方式の方がフラットになることも示されている)。ただ、著者が強調するように、負担の増減には前提条件の影響が大きいことに留意する必要がある。第4章では、年金財政の定期点検である2009年財政検証を取り上げて、その検証結果である「給付水準50%維持、年金財政長期安定は可能」という結論が、日本の現状から考えて楽観的と思われる想定に基づいたものであることを看破すると同時に、これからの年金制度における主要な課題について整理している。また、2009年9月に自民党から政権を引き継いだ民主党が、周知の通り年金制度の改革プランをマニフェストとして公表したが、本章ではその民主党案について、年金制度の抜本的なフルモデルチェンジであることを(いささかの期待を込めつつ)示している。ただその際、純粋な民主党案の実行には実務的な高いハードルがあることも明らかにしているのは、常に現実から遊離した空論を戒める著者らしいと言えるだろう。
第5章は民主党の目玉政策の一つであり、子育てに対する支援である子ども手当を扱う(年金とは“少子化”というキーワードで繋がっていると言える)。本章では個票データを用いるマイクロ・シミュレーションという計量分析手法を使って、子ども手当の導入が世帯へ与える効果を分析している。その結果、民主党案について明らかになったのは@日本の全世帯の4割程度が所得純増、2割程度が負担純増となる、A共働き世帯よりも専業主婦世帯の方が所得純増となる割合が高く、巷で言われていたこととは異なっている、B所得制限なしだと高年収世帯でも相当数、所得純増となる、などである。これら世帯間の有利不利は、所得制限や手当の金額次第で大きく変わることも示されているが、総じて言えば子ども手当は、子どものいる世帯からいない世帯への子育てコストの転嫁という性質が強いことが、本章で明らかにされている。また、政策の現実性を重んじる著者は、民主党案のままでは巨額の恒常的な財源が必要となることにクギを刺すことも忘れていない。
大多数の国民を組み込み、巨額の財源を必要とする公的年金制度(および子ども手当)の運営には、老若男女を問わず広く国民全体が、そのメリット・デメリットも含めて理解した上で協力することが重要な要件であることは言うを待たない。特に年金制度運営に関して、少子高齢化が進行するわが国では、(本書にもあるように)若年層の将来的な負担が現状よりも増えることはあっても減ることは考え難い。ゆえに、若年層については彼らが社会に出る前に、しっかりと年金制度について理解・納得してもらう必要があるだろう。いわば公的年金制度についての理解は、これまでも社会に参加するために必要な知識であったが、これからはもはや必須なところまできていると思われる。また、子ども手当てについても同様である。世帯間での負担転嫁が必須であることが本書で明らかにされており、その社会的理解を進めることが必要なのは言うまでもない。
しかるに、わが国の教育制度においては、若者に社会に出るための準備を施すことをその主目的の一つとしているにもかかわらず、その観点が欠落していたと言わざるを得ない。そこで本書を大学の学部生などに読んでもらい、できればゼミなどにおいて、望ましい年金(および子ども手当)運営について闊達に議論・意見交換してもらうことで、その欠落を補う一助とできるのではないだろうか。
本書は冒頭でも述べたように、著者の現時点における研究成果をまとめた書籍である。多くの新事実を明らかにしている本書は、むろん研究者(特に実証研究を主とする者)の観点からみて有益である。しかし評者が想像するに、本書は専門の研究者に留まらず、年金や子ども手当てに興味を持つ国民ならば誰でも等しく手にとり、その知見を深めることができるように“わかりやすさ”を念頭に置いた丁寧な書き方がなされている。本書で得た知識を起点にした冷静かつ建設的な議論が巷で活発化することによって、健全な公的年余運営をはじめとする社会保障政策に資すること、そしてその結果、一人でも多くの国民が日本の将来に希望を持てるようになることこそが、著者が最も欲するところであろう。評者としても、そのために研究・教育・実務など各界において、本書が積極的に活用されることを期待するものである。
」(岩本光一郎氏・内閣府経済社会総合研究所客員研究員『季刊家計経済研究』No. 88, 2010年秋号)
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