国会における意見陳述
第142回国会 参議院/予算委員会公聴会会議録 01号 平成10年度予算についての意見 1998年4月2日
公述人(高山憲之君) 高山でございます。
私、昨年の4月からことしの2月中旬まで実はアメリカとイギリスに長期滞在をしておりました。そこで、社会保障について皆様にお話し申し上げる前に、英米のマスコミが昨年の日本をどう取り上げたかということについて、少しお時間をいただいて紹介させていただきたいと思います。
何といっても世界を驚かせたのは、ティアズ・オブ・アポロジーといいますか、昨年の山一証券の店じまいといいますか、それに伴って社長が涙の記者会見をいたしました。社長ともあろうものがなぜ涙の記者会見をしなければいけないのかということで、いろいろ議論があったところでございます。
ツーリトル・ツーレートというのは、昨年12月、橋本総理大臣が2兆円の特別減税を発表した直後のマスコミの反応でございます。内容が実質的に乏しい、決定が遅過ぎるということであります。このツーリトル・ツーレートというのは日本の特に景気対策について、常に欧米のマスコミが常套句のように使う評価の言葉でありまして、もう手あかのついたような言葉になっておりますが、これがまた使われてしまったということでございます。
ザ・ニッケイ・エフェクトというのは、日本の企業の株価がバブルの崩壊後、半分以下に下がってしまい、その後、長期的に低迷を余儀なくされておりまして、この日本の株価の変動自体をザ・ニッケイ・エフェクトというふうに称しております。世界の関係者が共通用語として使っている言葉でありまして、日本の経済が不調なこと、株価がなかなかもとに戻らないことについて使う言葉でございます。
あるいはジャパン・ナッシングという言葉がございます。これはかつて日本たたきといいますか、ジャパン・バッシングという、今となっては懐かしい言葉でございますけれども、そういう時期があったのでございますが、そのうちにジャパン・パッシングといいまして、日本飛ばしといいますか、もう日本は外すということになったんですが、今やジャパン・ナッシングという、中身は何にもないというふうに見て、マスコミの関心はアジアについてはむしろ中国一辺倒でございます。日本はもう関心さえないというところまでいっているということであります。
次に、ヤマハと書いてあります。これは、昨年世界で一番視聴率の高いテレビの番組は何だったか御存じだと思いますが、実はイギリスのダイアナ妃の葬儀のライブ中継でございます。そのときにアメリカはヒラリー大統領夫人が参列いたしまして、ちゃんとBBCのテレビに映りました。あるいはイタリアの有名なテナー歌手ルチアーノ・パバロッティはひざが思わしくなかったんですが、両腕を抱えられて会場にあらわれたときには、大きなどよめきが起こったわけでございます。あるいは、葬儀開始直前にエリザベス皇太后が97歳の高齢であるにもかかわらず、かくしゃくとした姿で御参列になった、これもBBCのテレビが敬意を表する形でずっと放映をなさっておりました。
残念ながら、日本から参列されたイギリス駐英大使、今は前駐英大使ですけれども、この藤井さんをBBCはカメラにおさめてくださいませんでした。日本人としてテレビにあの段階で映った人はだれもいなかったということでございます。かわりに映ったのは何かということですが、これはエルトン・ジョンがキャンドル・イン・ザ・ウインドという歌を彼女にささげたわけですけれども、そのときにピアノが画面に大きく映し出されたわけです。これがヤマハ製のピアノでありまして、あの歌は比較的長めでして、その歌っている間にヤマハのピアノのブランド名がずっと放映されていたということであります。日本の存在感を示したのはこのヤマハというブランド名だけなんです。日本の外交としてこれでよかったのかどうか、私はいたく考えさせられたものでございます。
アメリカにいたときにはCNNの番組にたまたまチャンネルを合わせましたら日本のソープランド特集をやっておりました。あるいは別の番組では援助交際について取り上げている番組、これもCNNでございますが、ありました。BBCは、夏の終わりのころですが、日本の電車内における痴漢行為、これを30分にわたって事細かく報道しておりました。
ことしの1月、ブレア首相が日本に来たときに、日本の方々はもしかしたら御存じないかもしれませんが、イギリスでは戦争の時期、南方、シンガポールでイギリス人が実は捕虜にたくさんなったわけでございます。この人たちがふんどし一つの姿で整列させられまして歩かされている姿というのがあるんですが、ブレア首相が日本に滞在している際、絶えずBBCが流したのはこの映像ばかりでございます。トヨタを訪問して350人の雇用創出をイギリスでやるという約束を取りつけたというのは同時に放映もされておりましたけれども、実際日本のイメージを形づくっていたのは、ふんどし1つの姿のイギリス人捕虜の姿でございます。
日本では昨年、失楽園というのが流行語大賞になったそうなんですけれども、このニュース等を聞いて私のあるイギリスの友人は、日本はかつてエコノミックアニマルだというふうに言われてきたんだけれども、今やセックスアニマルに変わったんではないかというふうにやゆした発言をしておりまして、全く悪いニュースばかりというのが実態でございます。世界のマスコミの関係者が日本をどういう形で報道しているかということについて、ぜひ御理解をいただきたい、こういう状態で一体いいのかどうかということを先に皆様に申し上げたいということでございます。
さて、昨年における日本の政治でございますが、外から拝見している限り、財政構造改革問題と省庁再編問題にエネルギーが集中していたように思います。沖縄の基地移転問題もございましたが、この2つが中心であったというふうに思います。
財政構造改革の必要性、これはもう議論をする必要はないと思いますけれども、例えば昨年のニューヨーク・タイムズ、3月1日付のトップニュースで、日本の公共事業費はアメリカの国防費より実は多いんだということが書かれておりました。年間セメント使用量は日米でほぼ同じだということです。人口はアメリカがほぼ2倍です。国土面積は25倍です。しかし、セメント使用量は日米で差がないという記事が載っておりまして、日本は土建国家だ、土建国家というのがアルファベットで表示されているんですね。これはもう英語で通用する言葉になったわけであります。
そういうことで、財政構造改革をしなければいけなかったことはこれにも端的にあらわれているんですけれども、確かに平成10年度末で公債残高が約279兆円に行ってしまうということで、先進国の中では財政状況が最も悪い国の1つになってしまったということで財政構造改革の危機が叫ばれ、いろいろな議論があって財政構造改革法が成立したわけでございます。
ただ、あそこで行われた議論はやはり一部バランスを欠いていたんではないかというふうに思わざるを得ません。例えば、国の借金については確かにいろいろな形で説明がなされましたけれども、国の保有している資産についてのバランスのとれた評価というものがあったかどうかということでございます。
例えば、公的年金の積立金残高は、平成10年度末に合わせて180兆円強に達するはずです。これは差し引きしますと100兆円のネットの負債なんです。GNPの規模は実はもう500兆円ですから大分違った話になるわけでございます。民間部門は今貯蓄超過でありまして、国債を発行しても利子率が大幅に上がってクラウディングアウトにつながるというふうな状況にはございません。財政構造改革はまさに中長期の課題で非常に大事なんですけれども、今のような景気状況のもとで短期的な政策の自由度を大きく縛ってしまうことが果たして妥当であったかどうかということでございまして、この点は改めてお考えいただきたいというふうに思う次第でございます。
国庫負担についてはいろいろと議論が行われましたけれども、社会保険料については一体どうなのかとか、あるいは利用者負担についてはどうなのかということについては余り議論がなされませんでした。事実上、国庫負担については非常に抑制的な形で走る、かわりに社会保険料は引き上げても構わないといいますか、引き上げざるを得ないといいますか、それができなかったら利用者への負担のつけかえをするんだという方法しか解決方法がないんです。それでいいのかどうか。
社会保険料といってもこれは年金に使うお金であると、年金保険料は確かにそうなっております。ただし、これは支払う人から見れば税金と同じなんです。もう払わないというわけにいかないものなんです。強制力を伴うお金でありまして、社会保障目的税、年金特別税なんです。医療保険料もそうです、あるいは雇用保険料もそうです。税金と何ら変わりがないんです。ところが、大蔵省管理でやると、社会保険料の話が抜け落ちちゃって、専ら国庫負担の話ばかりになっているということでありまして、全体としてのバランス、これをもうちょっと考えていただきたかったというのが率直な印象でございます。
2番目の省庁再編問題でございますけれども、これは行政機能の見直し、縮小にはほとんど触れられなかったというのが実情ではないでしょうか。やはり行政改革というのはまさにそこがポイントでありまして、私は非常に乱暴な意見を申し上げますけれども、公務員の数をとにかく減らせば役人は自分のやる仕事を減らさざるを得ないんです。そうすると、規制緩和は自動的に進むわけです。役人の数を減らすことが大事でありまして、私は、例えば10年とか時限を限って役人の数を半分にするということが大事だというふうに思っております。そうすると、自分たちの持っているエネルギーでできることは限られますので、今までやっていた仕事を手放すわけです。簡単に規制緩和できるんです。そういう戦略の方がよかったんではないか。
中央省庁については、今マスコミから大きなバッシングが起こっておりますけれども、特に不祥事等がありまして、私も実は国家公務員なものですから非常に胸の痛む思いが強いのですけれども、ただ国家公務員の、特に中央省庁に勤める人たちには、いわゆる月給とか給与については同窓会相場というのがあるんです。皆さん、例えば大学を同期で出た人たちと、あるいは同じサークルの仲間とかゼミの仲間だったという人たち、大体今は大手町だとか丸の内に勤めているわけです。この人たちは、若いときは大体国家公務員の2倍から3倍のペイを実は享受しているわけです。安月給で我慢させて、日々生活不安を抱えている、老後の不安は大きいという人が実は中央省庁に勤める人にもう圧倒的に多いわけです。
こういう人たちがいろいろ民間の人たちから変な誘いを受けてしまって、それに乗ってしまうというのは非常に問題が多いのですけれども、彼らの生活保障をちゃんとしてやるということが重要でありまして、今の民間準拠の考え方をぜひとも改めていただきたい。これは丸の内、大手町相場ということで民間準拠をやれば中央省庁の公務員の月給はもっと上げてやっていいはずです。数を半分に減らすかわりに月給を倍にしてやるということでプラス・マイナス・ゼロです。それでやれば、きっと汚職なんてものはすぐになくなるということではないかと思っておりますが、これもぜひとも 検討していただきたいというふうに思います。
ところで、平成十年度の社会保障予算は、もう皆さん御案内だと思いますので特に説明申し上げませんけれども、前年度当初予算のおおむね2%以内に予算増を限定するという上限枠が設定されました。その大半は医療分野で引き受けたわけでございます。薬価の引き下げ、窓口負担の引き上げ、被用者保険への負担振りかえということでとりあえず予算が組まれたわけですけれども、実はこの財政構造改革法によりますと、平成11年度、12年度もこの上限枠は設定されておりまして、また同じことを結局繰り返さざるを得ないということであります。さらに患者の窓口負担を上げなきゃいけない、あるいは被用者保険への負担の振りかえもしなきゃいけない。
年金改革が平成11年ということになっておりますので、ここでも基礎年金については国庫負担を抑制するということをせざるを得ない。基礎年金の場合は給付水準を落とすか支給開始年齢を引き上げるか等々の対応しかないんです。そうしますと、特に専門家の間で最近ちらちらと出ておりますけれども、給付水準を落として従前額を保障する。年金は今の水準を下げる、金額的に下げるということはないけれども、少し我慢をしてもらう、まあ事実上スライド停止ということなんですけれども、それをやるしかどうもこれは対応不可能なんですね。公的年金というのはスライドすることがある意味で柱であったわけで、その精神であったわけですけれども、それさえも放棄しないとこの財政構造改革法に協力できない。それを本当に皆さんやるんでしょうかということでございます。あるいは雇用保険についても国庫負担を抑制する、これはもう平成10年度からやっております。
年金保険料についてはいろいろなところから年金保険料の引き上げスピードを上げたらどうかという提案が出ております。これは今まで、前回は5年間で2.5%上げるということをやりました。今回例えば3.5%上げたらどうかという意見もございます。3.5%厚生年金の保険料を上げますと、これは7兆5000億円の増税と全く効果は同じです。今のような景気の状況で年金だけの論理で7兆5000億円の大増税を本当にできるんでしょうか。年金は年金だけで考えていいという問題ではもうなくなっているんですね。全体を経済とのバランスの中で見なきゃいけないということでありまして、その辺の議論がまだ抜け落ちているような気がいたします。
結果的に、今の財政構造改革法のもとで走るとすれば、現役で働いている人々の手取り所得は明らかに低下するおそれが強い、あるいは企業経営も社会保険料の引き上げ等で圧迫されてしまう、将来の生活不安も増幅するということになって、社会保障、これはもう国民にとってはラストリゾートであります。国への信頼を担保するものなんですけれども、ここがもう揺らいでしまうおそれが強いのではないかというふうに思っております。
では、社会保障制度を今後どう変えていくかということでございますけれども、私は長期的には今の政策優先順位でいいのかどうかということを改めて見直していただきたいということを申し上げたい。これは高齢者対策偏重、高齢化対策というのは実際は高齢者対策で あったと思います。これを改めていただきたい。
〔委員長退席、理事岡部三郎君着席〕
むしろ、これからは長期戦略としては、日本はもう人口は減り出します。100年たてば人口は4割に減ってしまうかもしれない。老人ばかりになってしまうということであります。それでいいのかということですね。今はもう日本の地方自治体でも子供の声が聞こえない、若者がいない、それによってコミュニティーが崩壊しているというところが出てきておりますが、こういうのは次々にもっと出てきてしまう。それで日本の成長は担保できるのか、日本はもう衰退をしていくということではないかということでございます。やはりこういうことではよくないということでありまして、政策の優先順位をぜひとも変えていただきたいということであります。
あと、社会保障給付の併給調整だとかいうことも同時に進めていただきたい。社会保険料を上げる形で企業いじめをするのはもうやめてほしい。成長が大事だということでございます。あるいは若者を社会保険料等でいじめないということもそうです。
いずれにしても、負担増は必要なんですけれども、今の路線はみんな社会保険料を上げようとしているのですが、それでいいかどうかということであります。負担増が必要であったら、消費税の方がいいのか社会保険料がいいのかということをやはりお考えいただきたい。公私の役割分担を見直さざるを得ません。
西欧諸国では今、21世紀のモデル国家を目指して政治家の皆様が懸命になってアイデア競争をしております。日本もぜひその仲間に入ってほしいということであります。アメリカの上院議員であったポール・ソンガス氏は、人に愛されるだけではだめだ、尊敬されたいと思わなければいけないとおっしゃっております。日本も尊敬される国家にぜひともなってほしいというふうに思います。
御清聴ありがとうございました。