国会における意見陳述
第147回国会 参議院/国民福祉委員会公聴会会議録 01号 年金改正法案等についての公述人意見 2000年3月21日
公述人(高山憲之君) 一橋大学の高山でございます。
本日は公述人として意見を陳述する機会をお与えくださり、大変光栄に存じます。
以下、4点に絞りまして意見を申し上げます。
1番目、高齢者をめぐる雇用環境は依然として厳しく、今後とも好転する見通しは立っていないということでございます。
男性60歳代前半層の雇用環境は、有効求人倍率あるいは就職率等の指標で見ましても、殊のほか厳しい状況が続いております。この点は日本経済が絶頂期であったバブルの時期においても実は大差がなかったわけでございます。
定年を65歳に引き上げるという案がございますけれども、それは他方で組織の新陳代謝をおくらせ、青壮年層のやる気をそぐばかりか、女性や若者の雇用を抑制しかねません。
受給開始年齢を65歳へ引き上げますと、60歳代前半層の雇用環境は一層悪化するおそれが強く、またたとえ働き続けることができましても、彼らの収入は低下するおそれが強いと思います。雇用環境悪化ということは、在職老齢年金、実はこれは事実上企業に対する雇用補助金としての機能がございますが、この機能が弱まるわけでございまして、その結果労働力需要が減退してしまうということです。他方で、供給圧力が高まる中で雇用状況、雇用環境が悪化するということでございます。
なお、厚生省が示した財政収支見通しによりますと、報酬比例部分の受給開始年齢を65歳へ引き上げることに伴う男性60歳代前半層の雇用増は、2025年時点において2、3%、絶対数で約5万人前後にすぎないことが示されておりまして、支給開始年齢を引き上げても雇用促進ということにはつながらないということを厚生省みずからが認めているような結果になっているということをぜひ御理解いただきたいと思います。
2番目、総給付費を抑制する際には、まずだれに譲ってもらうかということを議論する必要があると存じます。
年金給付を調整する際にはまず隗より始めよという考え方を重視せざるを得ません。これは民間企業の場合、経営状況が苦しくなりますとまず役員の賞与をカットする、あるいは役員の数を減らす、そういうようなことをした上で、ボーナスについて少しカットをしたり、あるいは月給も下げざるを得ない、場合によっては希望退職者を募るというようなことをやるわけでございます。
年金の総給付費を抑制するということは、今の法律の中に規定されているものの一部を少なくする、当然個々の当事者で言えばだれかの年金が減るということを意味するわけでございます。そのときに一体だれの年金を減らすかということでございます。今回、その点の議論が実は必ずしも十分でないのではないかというふうに私は思っております。
実は、受給開始年齢の引き上げということをやりますと、65歳まで職をつなごうとしてもそれが不可能な人、あるいは職にありつけたとしても低賃金を甘受せざるを得ない人、あるいは40年以上働き続け、くたびれてしまった人、こういう人たちは60歳から繰り上げ減額ということにならざるを得ないんですが、結果的にその人たちの年金水準が引き下げられます。他方、65歳まで働き口に困らない人には全く痛みが伴わない形なんですね。これはまず隗より始めよという原則に合っているのかどうかということであります。
あるいは、この問題を最終的に結論を出すことになる国会議員の先生方、皆さんは国会議員互助年金という制度がございますけれども、この制度を将来どうなさるおつもりなのかということでございます。国会議員みずからが自分の年金を減らします、国民の皆さんも御協力くださいという形で問題提起がなされているのかということでございます。この点はいずれ国民の審判が下る話ではないかというふうに私自身は思っております。
それから、受給開始年齢を引き上げるということの対案として、モデル年金を受給するために必要となる拠出年数を延長するという考え方がございます。現在、その拠出年数は40年というふうになっておりますが、これを45年に延長するという形にいたしますと、結果的に高学歴の総じて月給が高く年金月額も高い人にまず給付を譲ってもらうということになります。
ちなみに、モデル年金受給のための拠出年数、フランスは40年でございます。ドイツが45年、イギリス、オランダは何と49年でございます。なお、フランスは現在この40年を42.5年に延ばすことを検討中でございます。
厚生年金への加入年齢は学歴によって随分と違っております。高卒の場合は18歳からでございます。大学院卒は30歳直前でございまして、最大で10歳以上も開きがございます。要するに、入り口が大分違っているということなんですね。ところが、出口である年金の受給開始年齢を60にするとか65にする、なぜ一律に定める必要があるのかということであります。入り口は大分違っている、出口だけ一緒にしなきゃいけない理由がよくわからないということなんですね。
3番目の問題に移ります。
これからは年金受給者にも多少の譲歩をお願いする必要があるということでございます。
現役で働いている人の数は1998年から減り始めました。21世紀においても恒常的に減り続けることが予想されております。これは少子化の影響でございます。年収がこの間に上昇するというふうに予想される人たちは、実は今や少数派ではないかというふうに危惧されております。多数派はよくて横ばい、むしろ年収低下になるおそれのある人たちが多いのではないかということがございます。結果として、賃金支払い総額がもう余り伸びていかないということになるのではないかということでございます。
そうした中で、30歳から49歳層は再分配所得の出し手となってみずからの所得を減らしているのが今日の姿でございます。最近における60歳以上高齢者の再分配後所得は50歳未満の年齢階層のそれより高いということがいろいろな統計データによって示されております。お手元の2枚目に参考資料をつけてございます。図1に示されているとおりでございます。
社会保険料負担は国税負担を既に上回っている。これは実は驚きをもって迎えられる事実でございます。公租公課の中では年金保険料負担が突出して重いということでございます。これも同じようにお手元の資料、図2と図3に示したとおりでございます。
これからは年をとっても社会保障制度に応分に貢献し続ける必要があるのではないかという点でございます。
日本の現在の高齢者、これは戦中戦後の苦しみを耐えてきた人でございまして、彼らの献身と努力によって今日の豊かさがもたらされたというふうに考えております。彼らが子供や孫のためにみずからを犠牲にすることを惜しまなかった、こういうことが今日の繁栄につながっているというふうに私自身は考えております。
ところが、現在彼らがその子供や孫のためにと言っていた子供や孫、これは今、不況のあらしの中でボーナスをカットされ、月給をカットされ、雇用リストラの対象となっております。現在の年金受給者、自分たちの子供や孫がどうなっているかということは、実は身近に感じております。知らないわけはございません。ぜひ選挙区へお帰りになって高齢者の皆さんに子供や孫の状況についてお話をなさっていただきたいということ でございます。
私は、今の高齢者は決してグリーディーな人たちだとは思っておりません。子供や孫のために犠牲を惜しまなかった人たちでございます。高貴な心を今もって失っていないと思います。その直観に訴えて多少の譲歩をお願いする必要があるのではないかというふうに考えます。世代間対立を避ける方法は実はこれしかないのではないかというふうに考えている次第でございます。
4番目、60歳繰り上げ受給の年金減額率、現在42%でございますが、これを25%以下としても保険数理的には中立的だと言い得るということでございまして、これはお手元の表1をごらんになっていただければわかると思いますけれども、基本的には割引率、予定利率だとか物価上昇率等に依存します、あるいは死亡率がどの程度改善するかというようなことによってこの割引率は異なるわけですけれども、最近、厚生年金基金の場合、予定利率を3%前後に設定しているケースが多いわけであります。仮に予定利率3%としますと、この60歳繰り上げ受給に伴う減額率25%としても一向におかしくない、中立的だと言い得るということでございます。
それから、減額率は1歳単位ではなくて1カ月単位で定める必要があるということを最後に申し上げたいと思います。
以上でございます。