公的年金の沿革と仕組み
公的年金と私的年金
年金には政府が運営する《公的年金》と、政府以外の企業などの団体が実施する《私的年金》がある。国民年金や厚生年金、共済年金が公的年金である。国民年金基金や厚生年金基金、確定拠出年金は私的年金である。
公的年金の歴史
年金制度は古代ローマの時代に始まった。退役後の生活保障あるいは傷痍(しょうい)軍人や戦没者遺族の生活保障のためだった。日本でも明治時代の初期に徴兵制が導入され、士族出身者でない人が西南戦争で旧士族と闘った。その西南戦争の直前に当たる1875年に軍人恩給が整備された。公的年金は戦争の影を引きずっている。恩給はその後、84年から文官にも導入された。さらに1939年には《船員保険》(海上労働者向け)が、そして陸上労働者向けの《労働者年金保険》(厚生年金保険の前身)が42年に創設された。最後に主として自営業者向けの国民年金が61年に発足し、《国民皆年金》となった。
公的年金への加入義務
公的年金制度への加入は強制的である。日本では常勤(原則として週30時間以上勤務)で賃金を稼いでいる人あるいは満20歳以上60歳未満の人は公的年金に加入し、公的年金の保険料を納付する義務がある。
公的年金の加入制度
職種ごとに違う。民間給与所得者は《厚生年金保険》に、公務員は《国家公務員共済組合》(《国共済》)ないし《地方公務員共済組合》(《地共済》)に、私立学校教職員は《私立学校教職員共済組合》(《私学共済》)にそれぞれ加入する。2016年10月以降、現行のおおむね週30時間以上という厚生年金保険への加入要件が週20時間以上に緩和される。(1)賃金月額8万8000円以上、(2)雇用期間1年以上、(3)従業員501人以上、(4)学生は除く、の4条件付き。拡大対象者は約25万人の見込み。 他方、自営業者等で右の制度に加入していない人は満20歳の誕生日(の前日)から《国民年金》に加入する。国民年金は1986年度から全国民共通となり、20歳以上60歳未満の給与所得者は厚生年金保険・共済組合のいずれかに加入すると、自動的に国民年金にも加入することになった。
基礎年金番号
1人に一つずつ付番された年金番号。番号は生涯不変。加入する制度が変わっても同一番号で加入記録を管理する。1997年1月導入。それ以前は加入する制度ごとに異なる番号が付番されていた。基礎年金番号導入以前の年金番号のうち基礎年金番号に名寄せできていないものを「《宙に浮いた年金記録》」という。
第3号被保険者
厚生年金・共済年金の加入者(《第2号被保険者》)に扶養されている年収130万円未満の配偶者を第3号被保険者と呼ぶ。給与所得者の雇い主を経由して年金事務所に届け出をすれば定額の国民年金保険料は納付不要となる。ただし給与所得者が定年等で退職したとき、その配偶者が60歳未満の場合には第3号被保険者資格を失い、配偶者分の定額保険料を第1号被保険者として新たに納める義務が発生。なお、第2号・第3号以外の国民年金加入者を《第1号被保険者》という。
受給資格期間
老齢年金を受給するために必要な保険料の納付期間のこと。原則、25年以上年金制度に加入して保険料を納めないと受給権が発生しない。2012年改正で原則10年に短縮された(17年4月施行予定)。なお、経済的な理由などで、保険料を全部または一部免除する《保険料免除制度》により、保険料の拠出免除が認められた期間も含まれる。
主婦年金問題
会社員や公務員の妻(第3号被保険者)は、夫の転職や退職にともなって第1号被保険者に変わるので、本来、保険料納付の義務が生じるが、変更手続きをしなかったために、その期間が25年の受給資格期間に入らず、年金を受給できなくなるケースが問題化。そこで、将来の無年金・低年金の発生を防止するため、過去に遡って保険料を納めることができる期限を2年から10年に延長する「《特例追納》」が3年間の時限措置として2015年4月から認められる。
→第3号被保険者、→受給資格期間
任意加入制度
60歳以降70歳までの間、国民年金に加入できる制度。厚生年金には70歳以上でも加入できる。
1人1年金
公的年金は老齢(または退職)、障害、死亡の三つのうちいずれか一つの要件を満たせば受給できる。すなわち年金給付には《老齢年金》(または《退職年金》)・《障害年金》・《遺族年金》の三つがある。公的年金には1人1年金の原則があり、いずれか一つの年金を受給する。ただし障害をもつ給与所得者は例外的に老齢年金または遺族年金も同時に受給できる。
受給開始年齢
給与所得者の老齢年金受給開始年齢は男女別・生年月日別に定められていて、将来65歳となる(表参照)。
生年月日(カッコ内は民間女性) |
定額部分 |
報酬比例部分 |
1941年4月1日以前 (1946年4月1日以前) |
60歳 |
60歳 |
1941年4月2日〜1943年4月1日 (1946年4月2日〜1948年4月1日) |
61歳 |
60歳 |
1943年4月2日〜1945年4月1日 (1948年4月2日〜1950年4月1日) |
62歳 |
60歳 |
1945年4月2日〜1947年4月1日 (1950年4月2日〜1952年4月1日) |
63歳 |
60歳 |
1947年4月2日〜1949年4月1日 (1952年4月2日〜1954年4月1日) |
64歳 |
60歳 |
1949年4月2日〜1951年4月1日 (1954年4月2日〜1956年4月1日) |
(65歳) |
60歳 |
1951年4月2日〜1953年4月1日 (1956年4月2日〜1958年4月1日) |
(65歳) |
60歳 |
1953年4月2日〜1955年4月1日 (1958年4月2日〜1960年4月1日) |
(65歳) |
61歳 |
1955年4月2日〜1957年4月1日 (1960年4月2日〜1962年4月1日) |
(65歳) |
62歳 |
1957年4月2日〜1959年4月1日 (1962年4月2日〜1964年4月1日) |
(65歳) |
63歳 |
1959年4月2日〜1961年4月1日 (1964年4月2日〜1966年4月1日) |
(65歳) |
64歳 |
1961年4月2日〜1963年4月1日 (1966年4月2日〜1968年4月1日) |
(65歳) |
65歳 |
年金受給の繰上げ・繰下げ
受給開始年齢が原則65歳になっても、老齢年金は60歳から受給することが可能である。60歳代前半で年金を受給する(「《繰上げ受給》」という)と、年金は減額される。減額率は生年月日によって異なる。他方、65歳より後に年金受給開始を遅らせる(「《繰下げ受給》」という。70歳まで繰下げ可)と、年金は増額される。増減は一生続く。
年金受給日
偶数月の15日に前月分と前々月分の2カ月分の年金をまとめて受給。
年金の給付構造
公的年金の給付は2階建て。確定拠出年金や、共済年金の職域加算などの保障を含めると3階建てになる。1階が定額の年金(《基礎年金》)、2階が賃金報酬に比例する年金(報酬比例部分)。1階の基礎年金は国民年金制度から受給する。第1号被保険者と第3号被保険者は基礎年金のみを受給する。給与所得者には基礎年金に加えて2階の報酬比例部分がある。なお、2012年の年金改革により2階部分の共済年金は厚生年金へ統合、3階部分の職域加算は廃止が決まった。→報酬比例部分、→確定拠出年金
基礎年金額
老齢基礎年金は2015年4月時点で1人月額6万5008円。満額受給するためには、20歳から60歳までの40年間、保険料を納める必要がある。40年未満だと年金給付は期間比例により減額される。
報酬比例部分
老齢厚生年金の報酬比例部分(給付月額)は加入者の給与稼得実績に応じて決まる。その計算方法は複雑で、加入者自身が計算するのは、ほぼ不可能。金額は毎年送付されるねんきん定期便やねんきんネットで確認できる。→ねんきんネット
特別支給の老齢厚生年金
60歳代前半に受給することができる老齢厚生年金。特別支給の老齢厚生年金は、定額部分と報酬比例部分とに分かれる。定額部分は65歳以上の老齢基礎年金に、報酬比例部分は65歳以上の老齢厚生年金に該当する部分である。ただ、定額部分と老齢基礎年金とでは計算方法が異なり、老齢基礎年金は定額部分よりも金額が少ない。そのため、老齢基礎年金には年金の手取額を維持するために、《経過的加算》という加算が付く。
モデル年金額
厚生年金のモデル年金額は2015年4月時点で月額22万1507円。無業の妻のいる男性給与所得者(賞与を含む平均月収42万8000円、加入期間40年)が夫婦とも65歳になったときに受給する夫婦合計の年金受給額を指す。
年金スライド制
年金給付額は、物価の変動に合わせて毎年4月に改定され、完全かつ自動的にスライドされる(《物価スライド》)。スライド率は前年の消費者物価指数の変動率に等しい。ただし物価下落時に特例として年金給付額を引き下げずに据え置いたことが過去にあった。この特例水準を解消するため13年10月以降、年金額の引下げが3段階で行われており、15年4月の0.5%引下げが法定されている。さらにマクロ経済スライドが実施される場合、物価スライドの執行は一時的に凍結される。
マクロ経済スライド
給付水準を下方調整するための新しい考え方。マクロ経済には直接関係しない。今後に予想される人口要因の変化(公的年金加入者数の減少と65歳時平均余命の伸び)を考慮する。人口要因の変化率は2015年度0.9%。その分だけ給付額が実質的に目減りする。ただ、物価が下がらない限り、給付の名目額は引き下げない。2004年の年金改革で導入されたが、14年まで一度も発動されていない。
給付水準固定方式
厚生年金におけるモデル年金の水準(対平均月収比。2014年時点で64%強)を将来50%で固定し、それ以下には引き下げないこと。ただ、この水準固定は65歳時点に限る。66歳以降、年金水準は徐々に低下し、85歳超で40%前後になる。65歳時点におけるモデル年金の水準が50%まで下がった時点でマクロ経済スライドは廃止される。
在職老齢年金(60〜64歳)
60歳以降も賃金を稼ぎ続ける場合、年金給付と《総報酬月額相当額》(1年間のボーナスを12で割った額を含む賃金月収)との合算額が月額28万円超になると、賃金増2につき年金給付減1となる。総報酬月額相当額47万円超(2015年4月以降)では賃金増1に対して年金給付減1。働きながら受給する老齢年金を「在職老齢年金」という。
在職老齢年金(65歳以上)
65歳以上の人が月給を稼ぐと、高賃金の場合、年金給付は減額される。ただ、基礎年金は減額なしの全額受給で、報酬比例部分も総報酬月額相当額との合計額が47万円(2015年4月以降)に達するまでは減額がない。その合計額が47万円を超えるとき、総報酬月額相当額の増加分の半分が年金額から減額される。なお、70歳以降は賃金を稼いでも年金保険料負担がなくなる
離婚時の年金分割
夫の年金を離婚後に妻に分割する制度。《合意分割》と《3号分割》がある。合意分割の場合、結婚していた期間分について夫の厚生年金給付の最大50%まで、夫の合意があれば、将来、妻名義の年金として受け取ることが可能である。3号分割の場合、妻が第3号被保険者であれば、離婚の際、2008年3月以降の婚姻期間にかかる夫の厚生年金受給額の半分を夫の合意なしに分割受給できる。→第3号被保険者
年金不受給の申し出
年金受給権者が不受給の申し出をすると、国は支給を停止することができる。受給辞退者は2012年度末時点で約500人(13年4月22日の厚生労働大臣答弁)。
遺族基礎年金の父子家庭への支給要件
父子家庭に支給されている遺族基礎年金は、専業主婦(第3号被保険者)が死亡した場合、支給されない。
最低加入期間の短縮
老齢年金の受給資格期間が現行の原則25年から10年へ短縮される。2017年4月施行予定。現在、加入期間が25年未満で無年金となっている高齢者にも施行日以降、納付済み期間に応じた年金が支給される。
国民年金の保険料
自営業者等の非給与所得者は定額の保険料(2014年度1人月額1万5250円)を拠出する。国民年金の保険料は毎年4月に280円(月額)ずつ引き上げ、17年4月以降は1万6900円(04年価格)で長期固定。毎年の引上額280円は賃金の伸びに連動し、変わる。負担能力が乏しいと認定されると、保険料拠出の全額または一部が免除される。
厚生年金の保険料
給与所得者が拠出するのは定率の年金保険料のみ(国民年金制度にも加入しているが、定額保険料を直接拠出することは求められない)。年金保険料は税込みの賃金月収およびボーナスに対して賦課され、本人および事業主が折半して負担。2014年9月における厚生年金の保険料は事業主負担込みで17.474%。厚生年金の保険料は毎年9月時点で0.354ポイントずつ引き上げ、17年9月以降18.30%で固定される。年金保険料が徴収される賃金月収には上下限があり、下限は月額9万8000円、上限は62万円(ボーナスの上限は1回当たり150万円)。
育児休業中の保険料免除
育児休業期間中は厚生年金保険・共済年金の保険料負担を免除。年金給付算定上、この間の賃金は育児休業直前の賃金を使用する。なお、育児のための短時間勤務による賃金低下については、子どもが3歳になるまで賃金低下がなかったとみなして年金給付を算定。この間の保険料は低下した賃金に賦課。さらに、産休・産後休業期間中も保険料負担を免除する。この間にかかる給付額は保険料を納付したとみなして計算。
学生の保険料支払猶予
年金事務所で申請手続きをすれば学生の間は過去2年分まで遡って国民年金の保険料支払いが猶予される(本人年収が一定額以下の場合)。保険料追納期間は10年間(2年以内に追納すれば延納利子は付かない)。この場合、保険料支払猶予期間中でも障害基礎年金・遺族基礎年金を受給することができる。
日本年金機構
国から委任・委託を受け、公的年金についての適用・徴収・記録管理・相談・裁定・給付などの運営業務を行う公法人。2010年1月1日に設立。《社会保険庁》が担っていた年金業務を引き継いだ。同時に、最寄りの社会保険事務所は《年金事務所》と名称が変わった。
ねんきんネット
日本年金機構が2011年2月から提供している、24時間いつでもインターネット上で年金記録を確認できるサービス。年金制度の加入者に毎年1回誕生月に送付される通知書が《ねんきん定期便》、年金受給者に対して09年12月〜10年11月にかけて送付されたのが《ねんきん受給者便》(厚生年金加入記録のお知らせ)であるが、ねんきんネットでは、ねんきん定期便などよりも新しい直近の年金記録を確認することができる。
積立方式/賦課方式 〔funded financing / pay-as-you-go financing〕
自分が積み立てた掛け金を将来自分が受け取るように積み立てておく財政方式を「積立方式」という。これに対し、その時々の年金給付支払いに必要な金額を現役世代の年金保険料等の拠出で賄っていく財政方式を「賦課方式」という。賦課方式で始めた年金財政を積立方式に切り替える場合、現時点での高齢者に対する給付に加えて将来の年金の積立てという《二重の負担》が必要になる。日本の公的年金制度は、賦課方式を基本とした財政方式を採用している。
年金生活者支援給付金制度
年金制度の枠外で、年収87万円未満の低所得高齢者に対して保険料納付済み期間に応じた給付金(最高月額5000円)を支給すると同時に、免除期間に応じた給付金(最高月額1万666円)を別途支給する制度。無年金の人は対象外である。全額国庫負担。2017年4月施行予定。