近年、世代間で利害が対立する問題(年金・医療・雇用・子育て・教育・技術革新・赤字財政・地球温暖化など)が続出している。人口高齢化が進んだり人口が減少したりすると、世代間対立はますます先鋭化するおそれが大きい。世界の各国は場当たり的ともいえる対応に追われており、強大な政治力を有する高齢者に過大な所得再分配が行われ、それによってもたらされる資源配分上の悪影響を心配する声も多い。さらに世代間問題は、それぞれが重層化している側面も少なくない。
本研究では平成18年度から進めてきた特別推進研究を再構築し、研究対象を拡大しながら研究水準を飛躍させる。そのさい、経済学的アプローチによって世代間問題の諸側面を可能なかぎり包括的に明らかにする一方、問題克服のための具体的方法を提言する。そして最終的に、研究成果を世代学の創成につなげることを目的とする。
分担研究課題別の研究目的等は以下のとおりである。
従来の研究は2つの基本モデルを駆使して推進されてきた。第1の基本モデルはクープマンス=ダイアモンドの伝統にしたがった世代交代モデルであり、第2の基本モデルはアレー=サミュエルソンの伝統にしたがう世代重複モデルである。鈴村は、隣接する世代間に《羨望》が無いという意味の衡平性とパレート効率性の2つをどう両立させるのかという問題に最初に踏み出し、研究のフロンティアを拡張してきた。鈴村は本研究において上記2つのアプローチの延長線上で研究の完成に一層努める一方、新たな問題を提起して世代間衡平性の厚生経済学を大きく飛躍させる。新たな問題とは、将来世代の《可塑性(malleability)》の問題(現在世代の行動選択次第で、将来世代のアイデンティティが影響を受ける可能性があるという問題)である。具体的には地球温暖化および代理懐胎の2つに注目し、それらを解決する糸口を発見する。他方、原は社会的な時間割引率に関する従来の研究をさらに深め、鈴村の研究を補完する。 |
日本では政権が交代し、年金制度の抜本的改革は高い現実性を帯びるようになった。本研究で高山は加入インセンティブとコンプライアンスを高めるために必要となる年金制度改革を具体的に提案し、超党派による合意形成を促したい。具体的には基礎年金の最低保障年金への衣替え、所得比例年金の再構成、非正規労働者への年金適用、年金制度の管理・運営等について検討し、成案を得る。さらに平成18年度以降つづけてきたスタイルを踏襲し、課題先進国日本という立場から年金に関する国際会議を毎年開催して世界最先端の研究情報を世界に向けて発信する一方、その成果を英文研究書として一冊ずつ刊行する。 |
2008年秋以降の世界的な不況による影響を踏まえた上で、玄田班がこれまで明らかにしてきた雇用の世代間効果に関する検証結果にいかなる構造変化が生じつつあるかを理論的かつ実証的に明らかにしていく。具体的には、まず第1に、労働市場における世代効果(不況期に学校を卒業して労働市場に参入した世代ほど、卒業直後だけでなく、持続的に雇用や賃金にマイナスの効果が及んでいること)が変化したか否かを明らかにする。世代効果の背景には、日本に特有な学校による新卒者に対する就職斡旋制度と、採用後における解雇コストの高さがあり、それらが複合的に作用していた。だが近年、学校による就職斡旋は限定的となる一方、不況期には希望退職が促進された。世界的にみて特殊であった日本労働市場の世代効果が近年弱まりつつある可能性も否定できない。このような収斂仮説が妥当であるかを、就業構造基本調査・労働力調査などの個票データや独自調査を通じて検証する。第2に、企業内部の既存中高年雇用を維持する代償として若年採用が抑制されるという労働市場の置換効果を指摘した玄田『仕事のなかの曖昧な不安』は、2002年に日経・経済図書文化賞およびサントリー学芸賞を受賞するなど、高い評価を得てきた。 ただし、2000年代になると中高年雇用者を対象とした希望退職が一般化した。そこで置換効果の背景を改めて理論モデルによって確認しつつ、雇用動向調査や独自調査などによって、置換効果が変化したか否かを実証的に明らかにする。第3に、家庭内における雇用の世代間継承について分析する。1990年代から2000年代初めを通じて、就業を断念し働くことに希望を失ったニート状態の若者は、所得の少ない貧困世帯から発生する傾向が強まっている(Genda, Y.“Jobless Youths and the NEET Problem in Japan,” Social Science Japan Journal, 10,(1), 2007)。貧困世帯から無業が拡大することは貧困の再生産を意味しており、海外先進諸国では深刻な社会的課題として捉えられてきた。同様の傾向が2000年代を通じて日本に広がっているかどうかは、これまで十分には明らかにされていないので、本研究でその内実を究明する。以上、労働市場・企業組織・家庭という3つの観点から総合的に雇用と世代を検証し、その成果を英文研究書として刊行する。雇用班では、さらに、将来の就業に関する「希望」(行動によって具体的な何かを実現しようとする意思)が世代間でどのように異なり、各世代の希望にいかなる相互作用が働いているかにも注目した独自のアンケート調査を実施する一方、この間、実施してきた岩手県および福井県におけるフィールドワークを継続・深化させる。そして、その成果についても平成26年度をメドに研究書として刊行したい。 |
個人がいつまで現役世代として働き、いつから引退世代となるかは世代間問題を考える上で最も根本的な論点の1つである。本研究で清水谷は第3回JSTAR (Japanese Study of Aging and Retirement、 50歳から75歳までを対象にした包括的な「世界標準」のパネル調査)を継続して実施し、引退プロセスの総合的な検証と実証研究に基づく有効な高齢者人材活用策を企画立案する。 |
最近のOECD報告書(Growing Unequal? 2008)が示すように、先進各国で「子供の貧困」問題が深刻化しているが、とりわけ日本では低所得世帯の子育て環境が諸外国と比べて劣悪である(阿部, 2008)。本研究で小塩は、まず、貧困が子供の健康や教育達成、あるいは成人後のwell-beingに及ぼす影響を、家族形成プロセスや親の就業選択行動との関係も明示的に考慮しながら実証的に明らかにする。貧困が子供の成長に望ましくない影響を及ぼす点について、諸外国と比較可能な実証分析は国内でまだ十分蓄積されていない。そこで本研究では、日米欧における既存のマイクロデータ(JGSS,PSID,ECHPなど)を駆使して、子育てを取りまく経済社会要因の影響とその帰結を分析し、先進国に共通する問題点や日本の特異性を抽出する。その上で、雇用と子育てに関するパネル調査(Longitudinal Survey on Employment and Fertility, LOSEF)を国際コンソーシアムとして新たに提案し、米独韓台等と連携しながら日本で先行実施する。それはJSTARの青壮年版としての意味をもち、若年失業や子供の貧困問題の解明に資すことが期待される。それらのデータ解析を踏まえて、望ましい子育て支援の在り方を具体的に検討する。そこでは、こども手当など金銭的な支援策の在り方だけでなく、保育サービス、幼児教育を含む教育支援、税や社会保険料負担の改革方向性についても具体的に調べる。とりわけ、子供の持つ外部経済効果を社会全体で内部化する政策手段やその効果を理論的に分析するほか、実証分析結果として得られたパラメータの値を活用したマイクロ・シミュレーションによって各種政策変更の厚生経済効果を試算する。さらに、政策変更の長期的効果(将来の世帯形成や出生率、所得格差・貧困率への影響)についてもシミュレーション分析を行う。そして社会保障の長期的な持続可能性、世代間格差の問題を検討する。くわえて国際ワークショップを開催し、各国の子育て支援策に対する共通の政策的インプリケーションを得たい。 |
臼井は、親が子の性格形成や就業機会に与える影響を理論と実証の両面から解明する。所得や学歴さらには学校の成績等の認知能力が親子間で伝達されることは既に知られている。しかし、性格や社交性など非認知能力の親子間関係は必ずしも明らかになっていない。最近、非認知能力が労働者の賃金に影響を与えることが判明した(Kuhn and Weinberger, 2005; Borghans et. al., 2006)ので、社交性が親子間で伝達されるならば、その伝達が世代間の賃金や職業選択にも影響を与えることになる。そこで、人は多次元にわたる認知・非認知能力のスキルを保有していると想定し、そのスキルがどのように親子間で伝達されるのかを包括的に研究する。 |
医療分野で小椋は、まず第1に、企業負担の医療保険料が正規雇用者の賃金に帰着したという宮里・小椋仮説(『就業構造基本調査』の個票を利用した分析結果)を、『全国消費実態調査』など大規模な個票データで追試する。第2に、高齢者の在宅介護(とくに家族介護)と施設介護需要および入院医療需要の関係、日本における高齢者の医療費が若年者の医療費に比べて特に高かった原因、高齢者を中心とする予防給付の効率性等を検討する。第3に、公的医療保険におけるリスク調整問題として、保険者間に医療費リスクがどのように配分されているか、加入者の属性によるリスク調整がどの程度まで医療費リスクを平準化するか、疾病情報の利用によって、どの程度まで保険者の医療リスクが平準化するか、医療費リスクと財源配分をどのように対応させるか、等を明らかにする。 |
土居は政府債務累増と財政健全化策の各世代に与える経済的影響を理論的・実証的に分析し、財政赤字の累増、財政再建の進め方や政治過程の改革について政治的な実現可能性を考慮した政策的含意を提示する。特に、日本において累増した政府債務の抑制に伴う負担をどのように世代間で分かちあうかに焦点をあてた研究を推進する。具体的には、実証的分析として、日本の政治過程を忠実に理論モデルで描写しつつ、各種のデータを用いて財政政策の意思決定とその経済的効果を分析する。規範的分析としては、どのような財政健全化策が社会厚生にとって望ましいかを税制改革・歳出構造改革・地方分権改革の具体策とともに検討する。そのさい、選挙制度に伴う政権与党のあり方、その政権が決める財政政策の効果を経済学的に考察し、実現する政権与党の構成や政権基盤の安定性さらには財政政策の方針が選挙制度の違いによって異なることを明らかにする。そして各選挙制度における財政政策の効果を経済厚生の観点から比較し、世代間問題として分析しながら、選挙制度を経済学的に評価する。 |
社会的に望ましい技術革新をどのように誘導するかについては、これまでほとんど議論されていない。また技術革新が労働市場やその背景にある人口構造との相互作用を通して経済へ寄与していくこともほとんど研究されていない。青木は少子高齢化経済を背景とした技術革新制度のあり方を研究人材労働市場もふくめて分析する。さらにイノベーションは長期的な投資であるので、将来の高齢層(現在の若年層)のために現在の高齢層から資源を移転する必要がある。時代を超えた所得分配をするためには政治的なコミットメントが欠かせない。それを可能にする安定した新しい政治・選挙制度の考案を目指して、Demeny投票法などの選挙・政治制度を政治学者と共同で分析する。 以上の分析を進めるに際して、国内外の学会等において研究成果を発表し、そこでの討論を通じて研究の質的向上を図る。さらに国際的な学術雑誌へ投稿する一方、研究書を出版して研究成果の公表にも積極的に努める。 |